このブログについて その4

全体的にスリム化しました。





Google AdSenceを外しました。

前回も書いていたように、やはり広告はこのブログと相性が悪かったな、ということです。枚数は最小限に留めたもののそれでも景観を破壊することに変わりはありませんし、そのマイナス面に対して収益は微々たるものでした。

無作為の広告による収益という点に特化するならばまずアクセス数を増やすことを考えるべきだと思うのですが、そもそもとしてこのブログの1つのコンセプトが「基本的に私自身では宣伝しないこと」です。100%絶対というわけではないですが、これまで直接サイト名やURLを教えたのは確実に両手で余る範囲内ですし、SNSを通して宣伝したこともありません。
またSEOというものも意識したことがありません。最近最も記事のベースとしているWoWは日本においてはニッチなコンテンツであり関連ワードによる検索流入は今のところ極めて少ないわけですが、それでもSEOを最優先とするならば、

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こんな風に煽情的かつ刺激的で分かりやすく興味や興奮を誘うキャッチーなタイトルの記事を量産するのが最適解になるのではないでしょうか。更に日本人ユーザーの多いFF14やDQ10との比較記事を織り交ぜ、彼らを意識しつつXで宣伝するくらいやれば多少は集客できるのかもしれません。そういったやり方も1つの方向性としては正しいのだと思います。初めから小遣い稼ぎを主目的として運営するという前提であるならば一考したのかも。

しかしあくまでここは私の自己表現の為の空間であって、最優先されるべきは当然に私自身の美学であるわけです。





またいくつかの記事を非公開にしました。

最近は特になるべく享楽的・建設的・創造的な方向性を向いていたいなと思っていて、そういう今の私からすると読み返していて少々辛いなとなるものが対象です。元よりそういうつもりではあったものの、始めたての頃は特に少々自分を不快にさせるものに敢えて首を突っ込んでいたところはあったなと。(なお最初は特に刺激が強そうな2,3記事のみを隠すつもりが、うっかりいくつか読んでいたら過去の自分の文章が恥ずかしいものばかりで予定よりだいぶ多めに消えました。)

そのうえで、 一部特定の記事についての補足を呟いておきます。


1. 黒もしくはグレーなことをやっているのではという疑惑の提示

これはそのままです。かつてのキーロガー、鏡の魔法書16%、当該記事の頃でもクリーチャーの性能変更(補填無し)、確率アップ期間に確率が上がっていない、サイト上で当初取引不可の表記が無かったアイテムが取引不可(後に修正するものの補填無し)などなど眉間に皺を寄せたくなるような出来事が数多くありました。これに加えてサービス初期からの会社の評判、過剰なP2Wの促進、経営の悪化、また実際に他社の同様のサービスにおいて明らかな不正が発覚している事実等を併せて考慮すると、正直クリーンであると考える方が不自然ではないか、というのが私個人の受ける印象なのは今も昔も変わりません。

とはいえ現実社会においては少なくとも客観的証拠が無い限り白かせいぜいグレーなわけですし、当時から今の時点までで新たに判明した事実はせいぜい「イベントで配布される一部のアイテムは同名でありながら本来のものより低確率」ということくらいであるのも確かです(これも正直どうかとは思いますが)。


2. 運営側とのコミュニケーション

私なりに運営側とコミュニケーションをとりたかったという意図もありました。

当時は少なくとも今よりは、何か意見や要望等があったら公式サイトの連絡帳から送りましょうという空気がプレイヤー側にもありました。一応運営側もプロデューサーが割と表に出てくるのもあって、今よりは積極的な姿勢を見せていたような気がします。

それでも根本的に問題解決に取り組んでいるかというと、私にはそうは見えませんでした。

なのでああいったゴシップに対して運営側が何か反応したり揺らがないかな、と考えながら書いていたが故に多少強引になったところはあります。

白だったとしたら「何言ってんだこいつ」となったでしょうし、黒もしくはグレーだったとしたらやはり愉快ではなかったはずです。要は可能な限り問題が起こらないやり方で、運営側の襟元を掴みたかったわけです。

結果として少なくとも直接的な反応は無かったのかなと思いますが、仮に何か多少なりと変化を及ぼしていたのだとしても、それを私が指摘するのは自意識過剰というものでしょう。


3. プレイヤー側に対する苛立ち

例えば最近のニュースで言えば、国内なら統一教会、世界で言えばエプスタイン。いずれもかねてよりネットの片隅等ではまことしやかに囁かれていた話であり、当時は陰謀論や都市伝説として扱われていたものです。

たかだか数千人規模のサービスにおいて数千万だか数億規模の不正な詐取が行われていた(何の含みも無く完全な仮定の話です)という事件があったとして、いずれもそんな小さな話を鼻で笑いたくなるような大きな事件です。

個人的な感覚としては、個人・集団を問わず特に信用に値しない情報が複数並ぶ場合はあらゆる可能性を想定して掛かります。人は一見した印象に囚われがちな生き物ですが、人を騙したり、そのこと自体を利用したりする人間は残念ながらどこにでも一定数はいるものだからです。(それを現実として常に認識しようとするのが正解かというとそんなことも無いと思うし、現実とは何かという話になるのでここでは触れないでおきましょう。)

久しぶりに復帰してみて、あれだけ露骨に多くの問題があったコミュニティにおいて、直近でも疑わしい問題が起きているにも拘わらず、疑問を持たないもしくは見て見ぬふりをして平然と入れ込む人々を目にし、復帰した頃の熱量も相俟って必要以上に苛立ってしまっていた部分はありました。





少しパーソナルな内容になります。

10代の頃の私の大きな1つの課題が、「話の通じない相手にどう対応するか」というものでした。話の通じない人というのは、

・事実を捻じ曲げたり捏造する
自分の感情や立場を正当化する為に過去を再構築する

・都合の良い部分を拡大解釈し都合の悪い部分は無かったことにする
忘れたふりというレベルではなく脳内で情報が書き換えられている

・相手の感情や嗜好や人格等を無視して理想の人物像を押し付ける 
相手を対等な人間ではなく自己を満たす為のパーツとしてみている

例えばこのような人です。彼らは往々にして現実を見ようとせず、自身の弱みや失敗から目を逸らし、他人をコントロールしようとします。

決論としてはほとんどの場合「可能な限り関わらない」というのが双方にとっての最適解になるのかなと思います。若干寄り添った言い方をするなら彼らもまた過去にはそういった人物の被害者であった可能性が高く、小手先の受容・共感・傾聴などでは焼け石に水だからです。彼らが変わる為に必要なものは主体的な気付きと心理療法にほかなりません。
そしてそもそも、変えられるものと変えられないものを分別するならば、他人というものは全て後者の枠であるべきでしょう。

理性では分かっていたつもりでも、10代の私は変えられないものを変えようと奔走したりしました。そして当然のようにそれが変わることはなく、私は必要以上に疲弊することになりました。
そうして神経のパターンとして定着してしまった「変わらないものを変えようとすること」を、半ば反射で繰り返してしまっていたのが20代の私だったという言い方はできるのかもしれません。 





広告を消した代わりとして2つほど導入したいと考えていることがあるのですが、1つはちょっとエネルギーが必要なのと、もう1つはタイミングを見計らいたいので、できれば今年中には…と考えていたり。

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